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【紹介】たつのおとし子連③

杉聴協40周年記念誌(P66・67)より、抜粋
‘89年、高円寺阿波踊りが終わった後、独自のお囃子設立の気運が高まってきた。中途失聴者の女性2人を含む、6~7人が三味線を買い、障害者福祉会館の和室に集まり、区役所さざんか連から紹介をいただいた、佐藤寛将氏について稽古を始めた。一方、大太鼓、〆太鼓、鉦の見積りを出し、その金額を目標に「手拭い」販売方式による、寄付集めを進めていった。大勢の方々の援助のお陰で70万円以上が集まり、個人負担の楽器も含め、各楽器が揃ったのは、‘91年世界ろう者会議東京大会に参加した年であった。それまで足りない太鼓は高円寺阿波踊り振興協会のお世話で、中目黒商店街の御好意により無料でお借りしていた。元平和連(徳島)の金沢育雄氏、三鷹連、さざんか連、希望連の方々に、太鼓、鉦、笛の献身的な御指導をいただき、情熱的な練習を続けた。お囃子人数分の貸衣装の話を進めていたが、手拭いとうちわの粋な仕上がりを見て、佐々木淳子さんから、同じデザインの揃いの浴衣の寄付をいただいた。カラフルな踊りきものが多い中、藍染め浴衣の一団は涼し気に目立っている。自分達のお囃子を持つことにより、踊りとのコンビネーションが密接になった。踊り、お囃子だけでなく、着付け係も場数と研究を重ね、より専門的になり信頼される存在となった。そして、毎年、他地域からの聴障者、聴障児の参加がある事は、たつのおとし子連のふところの深さも示していると言えるだろう。お囃子設立で、生みの苦しみを味わい、大きな成果をあげた小松勲連長、世界ろう者会議参加の準備に、徳島や都内各地を飛び回り、大成功へ導いた鈴木道夫連長の功績があった。そして、現田口博国連長以下、今年度から若返った指導部体制は幸先良く杉並区長賞を受賞し始動した。将来を大いに期待したい。私達みんなの努力が実った、たつのおとし子連とも言えるが、多くの方々の御援助、御協力をいただいている事への感謝の気持ちを忘れてはいけない。(編集:猪股人志)

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【紹介】たつのおとし子連②

杉聴協30周年記念誌(P31 杉聴協ニュース第9号)より、抜粋
「杉聴協・杉の会・手話講習会は、三者連合で「たつのおとし子連」を結成し、二十八日を除いて初参加しました。午後六時半から心身障害者集会場を出発進行し、高張り提灯、たつのおとし子を象徴した真赤に塗られた大うちわを先頭に、「手話を学び手話で話そう」「力をあわせて共に住みよい社会を」など三つのアッピール兼ねたプラカード、そして男性のハッピ姿女性のおそろいのゆかた、又、国際障害者年シンボルマーク入りのTシャツ着用にGパンで、かねや太鼓のおはやしに乗って全員参加者七十五名、大張り切りしました。尚、全参加連の中で我が連は見事に都知事杯を受賞し、優勝カップにビールを入れて、みんなで廻し飲みをしました。その時の味は、最高においしく、一生忘れられないでしょう。その夜、都知事杯は井上会長が持ち帰り、抱いて寝たそうです。
今年は、国際障害者年のために、社会参加のきっかけを作ろうという企画から、皆さんのより良きチームワークが築かれたと思います。高橋武雄区議員、踊りを指導していただいた『いろは連』、『天狗連』、二日間沢山のおにぎりを作ってくださった“わらび弁当”の方々、本当に有難うございました。(編集:猪股人志)

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【紹介】『たつのおとし子連』①

『たつのおとし子連』は、国際障害者年がスタートした昭和56年(1981年)、杉並区聴覚障害者協会が中心となり、手話サークル杉の会の協力のもとに結成しました。

今年、27年目を迎えますが、高円寺阿波おどり大会には毎年参加しており、東京都知事賞、杉並区長賞をはじめ、数々の賞も頂いております。
本場、徳島の阿波踊りにも、鳴門市聴覚障害者協会『すだち連』の姉妹連として参加、東京近郊の福祉行事やイベントにもたびたび参加し、踊っております。
 
『たつのおとし子連』の名前の由来は、たつのおとし子には耳がありません。というところから命名したものです。私たち聴覚障害者は、音の響きを身体で感じ、また目で合図を見ることによって踊ります。

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